シゲルのプロフィール

目次

シゲルってどんな人?

はじめまして。
中嶋茂(なかじま しげる)です。

僕は高いキーの発声を専門的に扱っている人間であり「短期間で高音発声の能力を与えること」を仕事にしています。

こんな言い方をしたら「なんか凄そう」と感じるかもしれませんが、いたって普通の一般人ですよ(笑)

ただし、高音発声において諦めなければ本当にできるってことを実証していますから「発声に対する諦めの悪さ」だけは世界一ですね。

 

ここでは自己紹介をさせていただきますので、「僕がどのようにして高音発声というものにのめり込んでいったのか」といったことを、過去の経験と共に色々とお伝えしていきます。

「いや、そんなこと聞いてないけど」というところまでお話していっちゃいますよ!

 

普通の人間

僕は特別な家庭に生まれたわけではないんです。

家族の中では誰も音楽をやっていないし、お金持ちでもなかったので、習い事なんてほとんどやったことがありません。

特別カッコイイわけでも背が高いわけでもないんです。

 

う〜む、、、
自分で言っていて悲しくなってきますねぇ(笑)

 

音楽の世界が僕の可能性を広げてくれた

まぁこんな感じで、いくら語ろうとしても大したエピソードが無いんですよ。

そんな僕ですが、音楽というものに出会ったお陰で人生を楽しむことができています。

 

音楽って作曲家さん達の人生を詰め込んだものでもあるんですよね。

色々な人達との出会い、色々なところでの経験、そしてそれを組み合わせた芸術品なので、「作曲家さんの人生そのもの」としか言いようがありません!

その芸術品をたくさん聴いたことで僕の価値観は変わっていき「シゲル」という人間を形成していったのです。

作曲家さんひとりひとりにお礼を言ってまわりたいぐらいですよ(笑)

 

小さな頃は人見知りが激しかった

僕は今では「発声の先生」としてレッスンしたり、色々な方々と楽しくお話をさせていただくのですが、幼稚園ぐらいの頃は本当に人見知りが激しかったんですよ。

僕にとってはお菓子を買うことすらひと苦労でした。

 

近所の駄菓子屋に行くと、当たり前ですが買い物をしている子供達がいますよね。

それに気付くと僕は店の横にある民家の塀に身を隠すんです。(その民家は誰の家か知りませんが)

そして、その隙間からずっと店内を覗いて様子を伺うんですけど、今考えると凄い怖いことしてましたよね(笑)

当然監視されていることに気付かない子供達は、和気あいあいと話しながらお菓子を買っているわけですが、僕にとってはその時間がとても長く感じるんですよ。

更に新たな子供達が買い物に来たりもするので、僕は30分ぐらい塀の中から監視し続けることになります。

 

このようになんとか人のいないタイミングを見計らって買い物をしていたんです。

自分の買いたいお菓子なんて決まってますから、駄菓子屋の滞在時間なんて5分以内なんですけどね(笑)

今考えても当時の僕はひどいものでしたよ。

 

めちゃくちゃ気弱でよく泣く子供

両親が共働きだった僕は保育園に預けられていたのですが、保育園に送られてもずっと入り口のところで泣いていたのを覚えています。

シクシク悲しむとかではなく、全力で大泣きです。

 

ただ保育園に預けられているだけなのに、入り口付近の自分より背の高いフェンスにしがみつきながら、愛する人を失ったかのごとく大号泣でした(笑)

フェンスをよじ登れば外に出られるんですが、出たところでどうしようもないことがわかっていたので、ただただ泣いて両親の助けを待つばかり(保育園で虐待とかがあったわけではないです)

今考えてみれば毎朝30分ぐらいは泣くというのが日課になっていましたが、先生達もだいぶ困っていたでしょうね。

 

さんざん泣いた後は嘘のように

それだけ泣きまくって、声が枯れるほどの状態になっているにも関わらず、僕は先生達の「あるテクニック」ですんなり保育園に入っていくんですよ。

 

当時の僕にはお気に入りの先生がいて、その先生が声を掛けてくれると素直に動くという贅沢小僧でした。

ただし、いきなりその先生が声を掛けてくれてもダメなんですよ。

どんなにお気に入りの先生でも最高潮で大泣きしている時には効果が薄いため、先生達も良い方法を見つけ出しました。

 

まずはじめに大号泣している僕に向かって関係性の薄い先生が声掛けをします。

当然その時点では効き目が無いのですが、入れ替わり立ち替わりで違う先生達が来るんです。

一見効果の無いように見えますが、これは布石にすぎません。

そして、ようやくお気に入りの先生が来てくれた時に「おっ!やっと来たか」という感じで最大限に「お気に入り効果」が発揮されるのです。

 

めちゃくちゃ失礼な小僧だったのですが、そうせざるを得ないほどの面倒くささだったようですね。

お気に入りの先生は若い先生だったので、ただでさえ上下関係が厳しいと言われている保育士業界で、申し訳ないことをしたと思いますよ。

 

風呂で溺れて水を恐れるようになる

この頃は風呂におもちゃを持ち込んで遊びまくるというのがマイブームでした。

浴槽におもちゃを浮かべるだけでもめちゃくちゃ楽しかったんですよね。

でも、ある日を境にそれを楽しめなくなってしまうんです。

 

僕はおもちゃで遊ぶ時「自分も浴槽に入りながら遊ぶ」もしくは「浴槽の外から浮いているおもちゃを触って遊ぶ」のどちらかでした。

基本的には浴槽に入りながら遊ぶのですが、一緒にいる父親が髪を洗って目を瞑る時などは外に出されていたんですよ。

その間に溺れてしまったら大変ですからね。

 

その日もいつものように浴槽で遊んでいた僕は、父親が頭を洗うタイミングで一旦浴槽の外へと出されました。

そして父は、浴槽の外からお湯に浮かぶおもちゃで遊ぶ僕を見届けて、ジャンプーの泡を洗い流すのでした。

父が目を開けると、おもちゃで遊ぶ僕の姿はそこには無く、あるのは浴槽から飛び出た二本の脚だったのです。

すぐに救出されたため幸い大事に至ることはなかったのですが、浴槽で溺れた僕はそれ以来「水」というものに対して異常なほど恐怖心を抱くようになってしまいました。

 

女子と共に行動

中学生になった僕は、水に対しての恐怖がだいぶ軽減されてはいたものの「水に顔をつける」という行為に対しては、かなりの抵抗がありました。

だから、水泳の授業なんてめちゃくちゃやりたくないわけですよ。

なので、体育の授業をどうやって回避するかということに全力を尽くしていました。

性格は真面目だったので「学校を休む」とか「授業に出席しない」とかではなく、いかに「
見学へ持ち込むか」という感じでしたね。

 

保健室で体温計を借りて、指でこすったりホッカイロを使ってみたりと、思いつく限りのことを試すのです。

37度あれば見学ができましたからね。

ただ、体温計の温度を上げることよりも、保険の先生に気付かれずにやることの方が難易度が高かったです。

「なんとか色々な難関を突破して、女子と一緒に体育座りでみんなの泳ぎを眺める」

これが僕の思い出ですね。

 

水よりも歌の方が嫌いだった

中学時代。

水嫌いの僕がそれ以上に嫌っていたのが「歌うこと」でした。

 

今思い返してみればただの「完璧主義者」だったんです。

レベルが高い完璧主義者ではなく、レベルの低い完璧主義。

ただただ「上手くできない自分の姿を見られたくない」という残念な性格でした。

しかもあまり上手くない生徒に対しては「下手だなー」と思っていたという最悪な一面もありましたね。

歌っている本人に直接言ったりとかではなかったのですが、過去に行くことができるのならば「土俵にも立っていないお前がそんなこと考えるな」と言ってやりたいですよ。

 

音楽の授業はごまかしていた

水泳の授業と音楽の授業の大きな差は「バレるかバレないか」なんですよね。

水泳の授業ってひとりずつ泳ぐので、泳げなければ一瞬でバレてしまいます。

 

でも、音楽の授業は歌わなくてもバレないんですよ。

みんな一生懸命歌っていて、人のことなんか見ていないため、感情を込めて口パクしておけばまず気付かれることはありません。

この点に限っては、水泳よりも音楽の方が良かったと言えるのですが、音楽の授業にはとんでもない魔物が住んでいるのです。

 

魔物は1年に1度だけ現れる

音楽の授業に潜む魔物とは「歌唱テスト」です。

もうホンットに嫌でしたね。

筆記テストは年に3回あるのですが、それはただ答えがわからないだけなので別に良いんですよ。

でも歌唱テストは問答無用で歌わされるので、どう足掻いても逃げることができません。

 

音楽の先生って2パターンいて「別室で1対1のテスト」か「全員の前で公開処刑」のどちらかなんですよ。

僕の先生はもちろん「公開処刑パターン」でした。

このパターンを選択する先生は間違いなく「ドS」ですね。
絶対そう! そうに決まってる!

 

僕の希望としては、テストは基本的に「1対1パターン」でやり、希望者のみ「公開処刑パターン」を受けられるようにする。

それなら恥ずかしい人でもなんとか歌えるし、やる気のある人はアピールできるから良いと思うんですよね。

まぁ人生そんなに上手くいきませんよ。

ひとり、またひとりと処刑されていくのを目の当たりにして、2〜3歳ぐらいの時に無事克服したはずの「イヤイヤ期」が再発することとなりました。

 

公開処刑

あと一人で僕の番。

そしてとうとう僕が歌う番になりました。

40人近くいるはずの音楽室からは物音ひとつしません。

そして先生が伴奏を弾き始めようとしたその時、僕のイヤイヤ期が露わになったのです。

 

先生に向かって
「あの、さすがにこの雰囲気は無理なんで、できれば喋ってもらいたいんですよね」と言い放つ僕。

先生だけではなく、クラス中の全員が「?」という表情をしました。

誰も理解していないことを察知した僕は

「だから、静か過ぎて歌いにくいんで、昼休みのグラウンドぐらい騒ぎ立ててほしいんですよ。そうしてくれないとさすがに歌えません」

とすかさず補足します。

なんとこの要望が通ったんですよ。

 

伴奏が鳴り出すとピアノの音に負けないほど大きな声で会話を始めるクラスメイト。

なんて素晴らしい友でしょう。

 

そしてその騒音の中、しっかりとリズムをキープして僕の歌声に耳を傾けてくれる先生。

先生の鏡です。尊敬しますよ。

 

そしてそして、その素晴らしい人達の中に紛れ、先生の耳元でボソボソと小声&うつろな目で歌う僕。

歌唱テストでクラス中を巻き込む男! 間違いなくクズですね!

 

まぁそんなこんなでなんとか歌唱テストを終えることができました。

今みんなに会ったら「みんなのお陰で今があるよ」と伝えたいですね。

 

音楽発表会の力

中学3年になった時の話です。

僕の通っていた中学では1年に1度「音楽発表会」というものがありました。

1〜3年の全員参加。クラスごとに曲を決めて練習し、地域のホールを借りてそこで披露するというもの。

これは呼び方が違うだけで、ほとんどの中学生が体験していることじゃないですかね。

 

このイベント自体は構わないんですけど、イベントに向けての練習がなかなか大変でした。

みんな初めはやる気が無いんですよ。特に運動部の男子達。まぁ当然っちゃ当然なんですけどね。

音楽のことがわかっていない、そして何が良くて何が良くないのかさえわからない状態でやっているわけですから。

ただただやらされている感が満載って感じです。

しかも歌っている最中に体調不良で倒れてしまう女の子もいましたね。

そういうのを見ると「う〜む。これは続けることにどんな意味があるのだろう」って思っちゃうんですよ。

 

今だったらスマホで練習風景を撮って音のバランスとかをすぐに確認できるんですけど、当時はMDで音楽を聴く時代。

そんな便利なものありません。

ただただ先生とやる気のある生徒達に引っ張られるような形で練習を続けていきました。

 

でも、成果は徐々に現れます。

段々と一体感が出てきているのを実感できるようになってくるんですよ。

そうなるとみんなのやる気も上がってきます!

ちなみに僕は口パクを使いこなしていたんですが「なんかやれそうな気がする」ってところはほんのちょこっとだけ声を出していました。

僕なりにはかなり頑張ったんですよ。

 

そして本番当日。

とうとう僕達のクラスの番になりました。

クラスメイト全員がほど良い緊張から歌い出し、今までの練習の成果を出し尽くすかのように全力で声を出します!

僕も微力ながらボソボソ歌います!

そして全員で最後まで歌い切りました。

 

歌い切ったクラスメイトは様々なリアクションを取ります。

満面の笑みを浮かべる・ホッと胸を撫で下ろす・涙を流しているなどなど。

僕はというと「なんとかやり切った」という気持ちと「もっとしっかり歌えていれば……」という複雑な気持ちでした。

どちらかといえば「もっとしっかり」という後悔の念の方が強かったです。

とはいえ、当時の僕としては精一杯やったほうですけどね。

 

この「音楽発表会」というものは、歌がやりやすいから歌うだけであって、本当はなんでもいいのでしょう。

「全員で力を合わせる」ということが目的なんだろうなと思います。

微力ではありましたが、それを体験できたことは素晴らしい経験となりました。

 

意外なお誘い

音楽発表会も終わり、授業以外で歌に関わることもなくなると思っていたのですが、違う中学に通っている友達から「カラオケに行こう」という誘いがありました。

どうやら他の友達も誘って三人でいきたいようです。

音楽発表会でしっかりできなかったこともあり、歌に対して少し未練のあった僕は「いいよ」という返事を返しました。

 

オッケーはしたものの、正直歌に自信なんてありません。

何回も遊んでいる友達との待ち合わせでも、なぜかドキドキしていまいます。全員男なのに(笑)

二人の友達と合流した僕はついに、カラオケの店内へと足を踏み入れたのでした。

 

人生初カラオケ

男三人で入ったカラオケルームでは「誰ひとりとして喋らない」という謎の沈黙が続きます。

そして「カラオケに行きたい」と言い出した友達が、ついに口を開きました。

 

「あのさ、CD聴いていい?」

僕ともう一人の友達は、その発言の意味がわからず「どういうこと?」と聞き返します。

すると言い出しっぺの友人は「いや、もとの曲を聴かないと歌えないから、ちょっとCD聴かせてよ」と言って、ショルダーバックの中からCDウォークマンを取り出したのです。

それを承諾した僕達は、ヤホンで音楽を聴いている友人を、ただただ黙って眺めているという謎の沈黙タイムに突入しました。

 

ようやく聴き終わった友達が意を決してカラオケの本を開き、曲の番号を入れ始めます。
(当時は曲の番号を書いた本があって、その番号を入れることでカラオケが流れたのです)

そんなシステムだということも知らない僕は、その姿をまじまじと見つめていました。

 

すると、音楽が流れ始めます。
曲は長渕剛の「乾杯」でしたね。

そして友達が歌い出した瞬間「あれ? あんまり上手くないな」と感じました。

めちゃくちゃ失礼だし「お前がそんなこと考えるな」と言いたいところではあるのですが、ホントにそれほどでもなかったんですよ。

 

ひとりが歌い出したことでカラオケルーム内の空気は変わり、もうひとりの友達が「俺も歌ってみる」と言い出し、番号を入力し始めます。

そして音楽が流れ始めるのですが、この時その友達が歌った曲は正直なんだったのか覚えていません。

その理由は、友達がとんでもなく音痴だったからです。

ホント、とんでもなくです。

 

でも、本人はすごく気持ち良さそうに歌っているし、もうひとりの友達は自分の歌う曲を探しているので、他人のことなんか一切気にしていませんでした。

そこで僕も「歌ってみよう」と思ったのです。

 

歌の面白さに気付きだす

僕が選んだ曲はモーニング娘。の「愛の種」でした。

番号を入力し、音痴の友達が歌い終えるのを待ちます。

友達が歌い終わり、ついに僕が選んだ曲が流れ始めたのです。

そして初めてしっかりと聞こえる声量で歌ったのでした。

 

歌というのは歌い出すまでが一番緊張するんですよ。

ひと言歌い出してしまえばあとは緊張が吹き飛んで楽しくなってしまいます。

緊張の無くなった僕は楽しく一曲を歌い切ったのでした。

すると、二人の友達が口をそろえて「シゲル 、歌上手いな」と言ってくれたのです。

正直この言葉はめちゃくちゃ嬉しかった!

今まで自分がヘタだと思って人前で歌うことを拒んでいた僕でしたが、実はモーニング娘。が好きで、彼女達の曲を家でボソボソ歌っていましたからね。

 

ちなみにモーニング娘。のメンバーでは加護亜依が一番のお気に入りで、よく下敷きを眺めていたんですが、今思えばその姿はめちゃくちゃキモイ(笑)

色々あった加護亜依さんですが、いつか会ってみたいものですよ。

 

それはそうと、この時運が良かった点がひとつあります。

それは「歌いやすいキー」にもともと設定されていたことです。

自分の音域なんて把握してませんから、もし原曲キーで流されでもしたら当然歌えません。

そうしたら「やっぱ俺ってヘタなんだな」って感じてしまいますからね。

色々と良いことが重なり、ここで「歌が面白い」ということに気付くのでした。

 

進路が決まった組の行動

中学3年といえば、やはり進路が一番の悩みですよね。早く決まる人もいれば、結構ギリギリまで決まらない人もいます。

当時は「受からなきゃ未来が無い」みたいに思ってしまうものですが、大人になった今考えてみればそんな大した問題ではないですよね。

 

もし今この文章を学生が見てくれているとしたら伝えたいことがあります。

「人生で一番勉強すべきは、大人になってから」ってことですね!

まぁそこら辺については話が違う方向に行ってしまうので、詳しく知りたければ僕に直接メッセージしてください。

 

話をもとに戻すと、みんな進路で悩んでいたわけです。

ただ、僕はランクの低い高校を受験したので、あっさりと合格してしまいました。

みんなレベルの高い高校を受験しているわけですから、全然誇れることではないですけどね。

でもこうなると、遊べる相手が「すでに進路が決まった人」に限られてしまいます。

 

そして進路が決まった友達に、僕はこんな声掛けをしたのでした。

「ねぇ、カラオケ行かない?」

するとその友達は「行ったこと無いけど良いよ」と言ってくれたのでした。

 

新たなカラオケ仲間

普段顔を合わせている友達であっても、初めてカラオケに行くというのは緊張するものです。

二人でカラオケルームに入ると、カラオケの先輩である僕から歌うことになりました。

 

僕は過去に一度カラオケに行っているのでお手の物ですよ!

パパッと入力して歌い出すと、友達は僕の姿を感心して見ています。

一曲歌い終わったので友達が歌いたい曲を入力し、一緒に歌うことになりました。

一緒に歌ってはいるものの、友達の声は聞こえてきます。

カラオケに行くのが初めてというだけあり、あまり上手くはありませんでしたが、その顔はとても楽しそうでしたね。

 

そして僕は「歌は上手くない人間の方が多い」ということを知り、ドンドン自分に自信をつけていったのです。

高校生に上がっても、めっちゃくちゃ上手い人と出会うことはなく、僕は「ある程度上手いポジション」を確立していったのでした。

高校の時にカラオケに通って、もっと歌が好きになったというエピソードはあるのですが、そこまで話すと長すぎてしまうので割愛しますね!

 

社会人になってカラオケ以外の音楽に触れる

高校を卒業した僕は「もう勉強はやりたくない」という単純な理由から、就職を選択しました。

就職をして感じたことは「ホントつまらん」でしたね。

 

僕のレベルでは就職できる会社が限られていたため、家の近くの工場で働くことにしたのです。

なので「この仕事がやりたい!」という気持ちはなかったんですよね。

当然仕事をやっていても楽しくなんかないし、毎日新しいことを覚えなければいけないので苦痛でしかありませんでした。

まぁ、新入社員なんてそんなもんですけど。

 

そして半年ぐらい経った頃、当時付き合っていた彼女にフラれてしまったんですよ。

当時の僕は「彼女と会う」というのが唯一の楽しみだったのですが、それすら失ってしまい、めちゃくちゃショックを受けていました。

しかもホント純粋だったので、その彼女と結婚することを本気で意識していたんです。

 

人生ドン底気分でしたね。

「俺は今後どうやって生きていけばいいんだ……」みたいな感じでしたけど、今考えると普通に生きてけばいいだけでした(笑)

まぁそんなこんなで人生について本気で考えたわけですよ。

 

そして、ようやく出した答えは「よし、歌手になろう!」でした。

アホです。
アホでしかありません。
世界を知らないにもほどがあります(笑)

中学からカラオケにハマり出し、高校でめちゃくちゃカラオケに通っていた僕は「自分が上手い」と勘違いしていたんです。

 

でも当時の僕は「俺のレベルなら間違いなく売れる!」という謎の自信がありました。

本気で歌手になれると思い込んでいたんです。

実際には上手い人と出会っていなかっただけで、音楽業界で見たら「普通以下」だということに気付いていないのでした。

 

本格的に音楽を習うために動き出す

歌手になることを決心した僕は、友達の紹介でボイストレーニングを受けることにしたのでした。

そのボイトレの先生は女性の方で、しっかりと音大も出ていて、優しさと実力を兼ね揃えていました。

そして、褒め方も上手かったんですよ。

僕はちょっとだけ裏声が高いので、そこを「これでもか!」ってぐらい褒めてくれましたね。

そのお陰で、僕は今まで以上に「俺は上手い!」と勘違いしていくわけです。

 

初めてのライブが決まる

ボイトレを受け始めて1ヵ月が経つかどうかのところで、先生から「2ヵ月後にライブをやるから出てみない?」と言われました。

自信満々の僕はもちろん「はい!」と元気良く答えて、ライブへの出演を決めたのです。

実際のところはライブというより「発表会」に近い感じでしたね。

会場はライブハウスだったので、ライブといえばライブですが。

 

すぐに選曲をして、ライブで歌う曲を4つ決めました。

最終的に決まったのは

1.ホールニューワールド(映画アラジン)

2.アメイジンググレイス(中島美嘉)

3.埴生の宿(クラシック)

3.I LOUE YOU(中島美嘉)

という4曲です。
そして僕は残りの2ヵ月間、一生懸命練習をしたのでした。

 

ライブ前日の恐怖

2ヵ月間練習しまくった僕は「もうこれで大丈夫!」というところまでやり切ったつもりでいたんです。

ただそれでも心配だったので、ライブ前日に少しだけ先生にレッスンをしてもらうことにしました。

そしてレッスンで実際に歌ってみると、普段一切気にしていなかったところで声が裏返ってしまったんです。

 

驚きましたよ。

普通に考えたらミスなんてする箇所じゃないですからね。

それを体験した僕は怖くて仕方なかったので、何度も何度もそこの練習をしたのでした。

 

初めて自分メインで人前に立つ

ついに本番当日。
次が僕の番というところまできました。

お客さんは30人以上いて、僕が呼んだ友達も数名いましたが、ほとんどが知り合いではない状態。

いざステージに立ってみると、みんなすっごいこっちを見てるんです。

当たり前ですよね(笑)
今から歌うわけですから(笑)

 

ライブハウスにもよりますが、ステージ側から客席って案外普通に見えるので、誰がどこにいるかっていうのがわかってしまうんですよ。

まぁ〜〜〜緊張しますね!

ピアノを弾いてくれる先生とアイコンタクトを取り、先生が音を奏で始めました。

「もうやるっきゃないわ!」と決心した僕は、ついに歌い出したのです。

 

初めて人前で歌った瞬間

ワンフレーズ歌うと、僕の放つ歌声が全員の耳に届いたのを感じました。(まぁ当たり前なんだけど)

お客さんの聴き入る反応を見て「あっ、聴いてくれてる」と思ったんです。(まぁこれも当たり前なんだけど)

そして、ドンドン歌い続けたのでした。(うん、当たり前当たり前)

 

無事一曲目を歌い終えた僕は、勢いに乗りまくって全ての曲をあっという間に歌い切ってしまいます。

お客さん達も温かい人ばかりで、みんなが笑顔で拍手してくれましたね。

めちゃくちゃ最高の気分でしたよ。

 

もう一度言わせて下さい、、、

めちゃくちゃ、最高の気分でしたよ。

 

実際にライブで歌ったことのある人ならわかると思いますが、歌い出しが一番緊張するんです。

で、歌い出してしまうとあっという間に1曲が終わってしまいます。

ただ、ミスしたり苦手なところがあったりするとめちゃくちゃ長く感じますけどね(笑)

まぁそんなこんなで、人生初のライブは上手くいったということでした。

 

初ライブを振り返って

このライブで大きな失敗をしなかったのは、間違いなく先生のお陰でした。

音源を流すのではなく、ピアノで演奏してくれる時点で生徒への愛を感じますね。

 

生演奏は「間」や「リズム」をボーカルに合わせることができるんですよ。

音楽初心者の僕だとリズムがズレてしまったりするため、音源を使うとリズムが走った時に修正が効かなくなってしまいます。

それを見越しての生演奏だったんですね。

 

前日の練習でミスしたところも、本番では少しテンポを落としてくれたので、すごく歌いやすい環境を作ってくれていました。

しかもピアノだと基本的には伴奏が静かなので、ボーカルが声量負けしないんです。

まぁここら辺の配慮についてはあとから気付いたんですけどね。

「生徒の成功体験を最優先する」というホントに素晴らしい先生でしたよ。

 

さらなる高みを目指して

初ライブを成功で終わらせることができた僕は、同じような感じのライブを3回程度繰り返しました。

今考えてみれば全然レベルは高くないですけど、当時の僕は「俺は上手いぜ!」というテング野郎になっていたんです。

あのレベルでそんなことを考えるなんて、思い出すだけでも恥ずかしい。

 

そもそもスマホなんて持ってませんし、インターネットに触れることすら少ないですから、一般人でも凄い人達がゴロゴロいるということに気付けなかったんですよ。

比較対象はCDのみ。
そりゃ視野も狭くなりますよね。

 

まぁそんなテング野郎だったわけですが「もっと上手くなりたい」という向上心はバッチリ持っていました。

「自分が上手くなるためにはやっぱりバンドだ!」と考えた僕は、誰にバンドを組んでもらうかを考えます。

そして、ライブで知り合ったバンド経験者の人に声を掛けたのでした。

 

長い付き合いはここから始まった

声を掛けさせてもらった相手はギタリストでした。

そして「是非是非!」とオッケーしてくれたのです。

まぁまさか、この人が今後僕の師匠になるなんてことは一切想像していませんでしたね。

 

選曲はすぐに決まり、X JAPANの曲でいくということになりました。

1.紅
2.オルガスム
3.X

という三曲だったのですが、今このセットリストを見たら「お前には無理だ! キーが高すぎる! マジで気付けッ!」と言ってやりたいですね。

ライブの日程をすぐに決め、数日間は個人で練習をし、バンドで合わせるために人生初のスタジオ練習へと向かったのでした。

 

自分で自分の実力はわからないもの

スタジオに入ってみると、バンドメンバーは凄い笑顔で出迎えてくれました。

そして初合わせ。

前奏が流れて、いざ歌い出した僕。

 

まっっっっっっったく聞こえません!!

 

この時に初めて「あれ? 声ちょっと小さいのかな?」ということに気付き始めますが、それが確信に変わったのはバンドメンバーの表情でした。

めちゃくちゃどんより曇った顔をしていたんですよ。

もうね、、、「ど〜〜〜んより」です。

 

でもこの時の僕は「声が小さいだけ」だと思っていたため、本当のヤバさには気付けていませんでした。

そんなこんなで数回のスタジオ練習を経て、とうとうライブ当日になってしまったのです。

 

パニックですよ

ライブ当日。

当日までに裏声を無理やり出すという危険な発声法をしていた僕の声は、見事なまでに枯れていました。

 

次が自分達の番だったため、裏でカッスカスな声出しをしながら控えていたんですね。

するとそこに、バンドメンバーであり今後師匠になる方がやってきました。

そして「紅は高いからねぇ。こんな感じでやるんだよ」と言いながら歌い出したのです。

 

マジでヤバかった。

 

地声と裏声が一切切り替わることなく、そのまま強い発声を保ちながら歌っていたんです。

「えっ? これまさか、地声?」

と思った僕は、めちゃくちゃ動揺しましたね。

 

「もし地声じゃないといけないなら、俺がやってきた声の出し方ってそもそもダメじゃん。もう本番まで時間無いって。絶対失敗する! 絶対失敗する! 絶対失敗する!」

頭の中はパニックですよ。

そして、始まっちゃったんですね。

体感時間がシゲル史上最強に長いライブが、、、

 

精神と時の部屋

ステージに立った僕は、まだ気持ちの整理がついていません。

でもそんなことはお構い無しで演奏は始まってしまいます。

 

「紅」という曲はギターのアルペジオから静かに始まるんですが、それがまた緊張するんですよ。

序盤は楽器隊の音量が静かなので、スタジオ練習でも僕の声はバッチリ聞こえていました。

そして一気に盛り上がるのですが、そこから全く聞こえなくなっていたんですよね。

 

もちろん本番も序盤はバッチリ聞こえています。

そして盛り上がってきたところで衝撃的な事実を目の当たりにしました。

 

聞こえるんですよ。

聞こえてしまうんです。

本来は強い発声で出さなければならないところを、カッスカスのヨレヨレボイスで歌っているのが。

 

人間には裏声を使うとボリュームが極端に下がってしまうキーがあるのですが、僕はまさにそのキーで歌いまくっていました。

そして、なぜ声が聞こえてしまうのかという理由に関してですが、それは「音響の違い」ですね。

 

スタジオとライブハウスでは音響が全く違います。

スタジオだとボーカルのスピーカーは天井にチョコンと付いているのですが、ライブハウスはスピーカーが目の前ですからね。

その他にも色々な違いはありますが、ここでは割愛させてもらいます。

 

まぁそういった違いによって、最悪な発声を自分で聞いてしまったのでした。

メンタルは崩壊寸前ですが、この後にもっと恐ろしいことが待ち受けていたのです。

 

丸聞こえ

恐ろしいこととは「アカペラ」です。

サビをアカペラで歌わなければならなかったんですよ。

「アカペラなら裏声でも大丈夫じゃない?」と思うかもしれませんが、この時の僕は声が枯れているうえに、メンタルまで完全にやられていましたからね。

こんな状態ではまともに歌えないだろうなというのが目に見えていたんです。

 

そしてアカペラが始まりました。

カッスカスのヨッレヨレのボッロボロの声で、必死に声を出す僕。

全然声出てません。

でもアカペラなので、吐息まで聞こえてしまうんです。

メンタル大崩壊。

 

最悪な時って本当に時間が長く感じますね。

サビを少し歌うだけなのに、1時間ぐらいに感じましたよ。

結局ライブは大失敗に終わりました。。。

 

弟子入り

ライブ終了後、僕はギターの人にひとつお願いをしました。

「歌を教えてください」と。

こころよくオッケーしてくださり、晴れて師匠と弟子の関係が出来上がったのでした。

 

そしてその後は様々なことを教えてもらい、レベルアップするために最高の環境を整えてもらったりしたのです。

「歌とはなんなのか」

「自分のレベルを知るには相手を知ること」

「人から時間を奪っていることを意識すべき」

などなど、数え切れないほど良い教えがありました。

 

師匠は高い声を出す才能がもともとあったので、そこをコピーすることはできませんでしたが、ここまで僕に力を注いでくれた人はいません。

本当に感謝しかありませんね。

 

新たなる挑戦

バンド大失敗事件以降、しばらくの間は傷心期間がありました。

まぁあれだけ自分を「上手い」と思っていたんですから当然ですよね。

でも、ずっと落ち込んでいても仕方ないじゃないですか。

そこで、自分の実力を知るためにも、歌手のオーディションを受けてみることにしたんです。

 

当時「デビュー」という雑誌があって、その雑誌には色々な芸能事務所のオーディション情報が掲載されていました。

「超大手は流石に受からないだろうな」と感じた僕は、あるひとつのオーディションに目をつけたのです。

 

それが「音楽業界関係者の前でライブをするための権利を得る」というオーディションでした。

「これならプロになる人のレベルがわかる」と思った僕は、プロフィール写真の用意に取り掛かったのです。

 

事前準備

プロフィール写真を用意するためには「写真屋」に行く必要があります。

今だったらスマホで撮っちゃいますけど、当時は手軽に撮れるものが無かったので「本気写真は写真屋」というのが当たり前でした。

 

僕は気合いを入れて「眉毛を剃ろう!」と思い立ち、家の中でカミソリを探したのですが、普段使っていた物がちょっと錆びていたんです。

「本気写真に中古はダメだ」と判断した僕は、洗面所にあった「安いけど新品のカミソリ」を手に取り眉を整え始めました。

 

「新品は切れ味が良すぎて怖いぐらいだな!」という感想を呟きながら、ウキウキ気分で剃り終わった顔を水で洗い流します。

タオルでしっかり拭き取って鏡を見ると、そこには傷だらけのシゲルがいました。

 

「えっ?」と思っていると、すぐに血がしたたり落ちてきます。

安物の「 I 字カミソリ」は切れ味が抜群すぎて、僕のやわ肌では耐え切れなかったようです。

でも「写真は今日撮る!」と決めていた僕は、そのまま写真屋へと向かうのでした。

 

行き慣れない場所

写真屋なんて普段の生活で行くことはありませんから、店に入るだけでも緊張してしまいます。

店に入るとおっちゃんが「いらっしゃい! 今日は何? 写真撮る?」と威勢よく話し掛けてきました。

 

「あの、プロフィール写真を撮ってもらいたくて」

という僕の言葉におっちゃんは

「おぉ! オーディションかい? 任せておきな! でもキミ、眉毛のところ傷だらけだけど良いのかい?」

という一気に僕の心を読みった発言をしてきたのです。

「今日撮りたいのでお願いします」と伝え、写真撮影が始まりました。

 

写真は真実を写す

「じゃぁこっちの部屋に来て」と言われ横の部屋に行くと、そこは撮影のスタジオになっていました。

色々な小道具や子供をあやすためのオモチャなんかが置いてあって、思った以上にしっかりしていたんです。

 

そして、おっちゃんは「コレだな」と言って【金の椅子】を持って来ました。

僕は「うわぁ……アレに座るの嫌だなぁ」と思ったのですが、ここまで来たら撮るしかありません。

 

椅子に座ろうとしたらおっちゃんが「あっ、座らないよ! 手を添えるだけだから」という謎の発言をしてきました。

結局僕は「金色の椅子に手を掛け、傷だらけの眉でドヤ顔する」というプロフィール写真を送付し、見事一次審査に合格したのでした。

 

オーデションからボイトレへ

オーデション二次審査は東京都渋谷区で行われました。

名前を呼ばれて部屋に入ると、そこには三人の男性審査員がこちらを向いて座っていたのです。

 

僕はアカペラで自分の作った曲を歌い「独創性」という面を評価され、アッサリと二次審査も通過してしまい、見事オーディションに合格したのでした。

そして、音楽業界関係者の前で数回歌ったのですが、そもそもプロで通用するレベルではなかったので全っ然興味を持たれませんでしたね。

 

そのことについては実力なので構わないのですが、オーディション合格者の中にも「特別上手い」という人がいなかったため、

本来の目的である「自分の実力を知る」ということが達成できていなかったんです。

 

そのことを企画主催者の方に相談したところ「運営側で用意しているボイストレーニングがあるから、そこでやってみたら?」とおすすめされました。

業界のレベルがわかっているうえに、各芸能事務所とも繋がっている人から学べるというのは凄いですよね。

1レッスン15,000円ぐらいだったので、特別高いレッスン費ではないと思い、月1回という頻度でボイトレを受けることにしたのでした。

 

ちなみに、この企画やボイトレには「入会金」や「契約更新費用」みたいなものが一切かからなかったため、結構まともなところだったと思います。

東京では場所代の絡みもありますから、値段も特別高くはないです。

そしてこの時の僕は給料13万ですよ。
なかなかの低所得(笑)

やる気があればなんとでもなるのです。

ご自身で何かをやるときの参考までにどぞ!

 

初めてのスパルタ

レッスン当日。

地元から渋谷へ行くわけですが、この移動ってわりと大変なんですよね。

そしてボイトレの先生と初めて顔を合わせたのですが、笑顔は一切ありませんでした。

というか最後まで一回も笑顔を見ることはできなかったです。

 

めちゃくちゃスパルタだったので、アメとムチを使いこなす感じかと思っていたら「ムチ」しか持ち合わせていませんでしたね(笑)

特に発言がキツかったです。

「キミの言ってることは矛盾してる」

「キミが信じてきたものは全て間違っている」

「こんなキーも出ないの?ホント音域狭いな」

ざっと思い付くだけでもこんな感じですね。

 

今なら先生が何を言いたかったのかわかりますよ。ただ当時の僕にはほとんどが理解できないことばかりでした。

でも、実際はその先生の言葉に「正しい部分もある」というのは感じていたんです。

「実力があれば、確かにこれはできる」

そういうことをいくつも見せつけられたのです。特にショックだったのは、地声の音域の狭さでしたね。

 

「自分はわりと声が高い方」だと思っていたのですが、実際には「mid2G」というところすらまともに出せない一般人だったんです。

そりゃ先生の発言の意図もわかりますよ。

そして、東京でのレッスンが全然上手くいかなかったことで「自分の実力はそんなもの」という事実を目の当たりにして、半年後にやめる旨を伝えることとなったのでした。

まぁこの経験があったからこそ、色々な価値観が変わりましたね。

 

自分に合ったボイトレ探し

東京のレッスンで挫折した僕は、その後いくつものボイトレに通ったり、体験レッスンを受けたりということを繰り返しました。

そしてそれをやり続けた結果「歌は上手くなるけど、声が全然高くならない」ということに気付いたのです。

 

確かに歌い回しやその他の基礎的なことは上手くなっていくのですが、地声のキーは全然変わりません。

どこに行ってもその答えを教えてくれる人なんていませんでしたよ。

そして「なぜ出来ない?」という深みにドンドンハマって行くのでした。

 

困った時の師匠頼み

色々なことを吸収した僕は「高い声を出すために何か良い方法があるのでしょうか」と師匠に聞いてみることにしたんです。

事前に連絡をとっておき、師匠宅に伺わせていただくと、そこ用意されていたものは【大量のCDとDVD】でした。

 

師匠は自分自身に高い声を出す才能があるということを理解していたため、直接指導しても僕が真似できないことをわかっていたんですね。

なので、師匠が「これは絶対に高音発声の素材になる」と感じた物を選んでくれていたのです。

その大量の素材を何回も何回も観て、僕は勉強していくのでした。

 

素材からの気付き

師匠から受け取った素材を研究していくと、ある二つの要素が重要だと気付きました。

それは「顔」と「姿勢」ですね。

この二つの要素を研究した結果、今まで出すことができなかった音域まで出せるようになったのです。

ただ、これだけだとまだまだ声量が足りないため、今後は「声量UP」が課題になっていきました。

 

奇跡のはじまり

実は色々なボイトレに通っている間にもいくつかのバンドを組んでいたんです。

とにかく長い時間音楽に触れていたかったので、気合い入ってましたね。

しかし、どこのバンドでも一番の課題は「聞こえない」でした。

ホント参っちゃいましたねぇ。

そして「バンドは向いてないな」と思ってバンド活動を辞めようとしていた時に、あるバンドで無理矢理ボーカルをやらされるハメになってしまったんです。

 

奇跡の発声

全然気は進みませんでしたが、ライブでやる曲も決まったので家で練習していたんですけど、大きな声を出そうとすると裏返るわけですよ。

小さい声なら高い地声が出せるけど、大きな声になるとできない。

こういうことって本当によくありますから。

 

悩みに悩んで歌っていると、テレビで音楽番組をやっていて、それに釘付けになってしまいました。

当時はテレビをつけながら練習していたんですが、今考えたら絶対やめた方がいいですよね(笑)

 

そしてテレビを見ている姿勢のまま一緒に歌ったみたら、めちゃくちゃ良い感じの声が出たんです!

驚いた僕は、今までの経験から考え出した他の要素と組み合わせてみました。

すると、バンドでも通用する「高さ」と「声量」を兼ねそろえた発声ができたのです!!

これは本当に奇跡でしたよ。

 

しかも色々苦労して手に入れた発声なので、どんな人にも当てはめることが出来る知識まで、同時に身に付いていたのです。

あの感動は一生忘れることが無いでしょうね。

もちろんバンドで使いまくってやりましたよ。
それからは僕に対する周りの評価もガラッと変わったのでした。

 

人に教える素晴らしさ

知識と実力を身に付けた僕は、自分がやるのではなく「自分以外の人に試してもらうこと」に興味を持ち始めました。

それは僕の周りの友人や音楽仲間から始まったのです。

 

みんな短時間であっという間に実力を向上させ、僕に感謝してくれました。

そりゃそうですよね。ほとんどの人が挫折していたのに「それこうすれば出来るよ」と言って、1時間程度でできるようになってしまうんですから。

本気の笑顔は見ているこちらも最高の気分になりますよ。

 

そして、僕の興味はだんだんプロの歌手へと向いていくのでした。

気になる歌手の所属する事務所宛てに「こんな感じでこうすれば声高くなりますよ」という内容のメールを送ったり電話を掛けてみたりして、発声について語ってみたんです。

そうしたら、あれよあれよという感じでご本人とお会いすることになったのでした。

ここに関してはあまり詳しくお伝えできないのですが、簡潔に言うと「僕の知識はプロでも知らない領域だった」ということです。

今でもその方とは仲良くさせていただいていますよ。

僕はこの一件で、更に自分の知識に自信を持っていったのでした。

 

感謝は生きるために必須

これだけ多くの人に感謝され続ければ、僕も嬉しくてたまりませんよ。

本気で求められると「生きてる」って感じがするんです。

技術の習得に10年も掛かってしまいましたが、やった甲斐はありました。

 

そしてとても有り難いことに、求めてくださる方が増えてきたので、今ではこの能力を仕事にすることができています。

つい数年前のことを思い返してみると、現在こうやって多くの人と感謝し合える関係を作れていることが信じられません。

 

僕はこれから先も困っている人を助けていきますし、感謝し合える関係を更に築き上げていきます。

停滞することなく、どんどんレベルを上げていく僕の姿を見ていてくださいね。

長い長い自己紹介でしたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。